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神戸の春は、この魚から始まる
二月も半ばになる頃、神戸の街がそわそわと落ち着かなくなる日があります。
それは、春の使者「いかなご」の解禁日。
いかなごの稚魚である「新子(しんこ)」を、醤油、ざらめ、生姜で甘辛く炊き上げる「くぎ煮」は、神戸の春を告げる風物詩です。
折れ曲がった釘のような姿から「くぎ煮」と呼ばれるようになったともいわれています。
甘い香りに包まれる、街の記憶
かつては解禁とともに魚屋へ走り、キロ単位で買い求めるのが当たり前の光景でした。
鮮度が命のいかなご。急いで帰宅し、大鍋で一気に炊き上げます。
各家庭から立ちのぼる、甘辛い香り。
その香りが街を包みはじめると、「ああ、春が来た」と誰もが感じたものです。
家庭ごとに秘伝の配合があり、山椒を効かせる家、生姜をたっぷり入れる家。
炊き上がったくぎ煮をお裾分けし合い、冷蔵庫がくぎ煮でいっぱいになるのも、この地域ならではの光景でした。
食を通して人と人がつながる、温かな春の習わしです。
海の変化と、揺れる春の風景
しかし近年、いかなごは深刻な不漁が続いています。
昨年は、わずか三日間という短い漁期。価格も高騰し、
以前のように「たくさん炊いてお裾分け」という光景は難しくなりつつあります。
自然の恵みに支えられてきた和食文化。
その当たり前が、決して当たり前ではないことを、私たちは改めて実感しています。
未来へつなぎたい、春の味
「今年は何キロ炊いた?」
そんな会話が街中にあふれる、にぎやかな春。
海の恵みへの感謝とともに、この土地ならではの味と記憶が、
これからも次の世代へと受け継がれていくことを願わずにはいられません。
食は、地域の物語そのもの。
くぎ煮の甘い香りとともに、神戸の春がこれからも巡りますように。
神戸支部 靖子


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