江戸の灯を支えた伊勢の恵み「三重のなばな」

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伊勢の国が育んだ、菜種の歴史

江戸の灯は伊勢の菜種でもつ
そんな言葉が残るほど、かつての伊勢の国――
現在の三重県桑名市長島町周辺は、菜種の栽培が盛んな地域でした。

江戸の町を照らしていた灯明油。
その多くが、この伊勢の国で育てられた菜種から搾られていたといわれています。
菜種は、当時の暮らしを支える、欠かすことのできない作物だったのです。


「摘み菜」から生まれた、なばなの始まり

菜種は、もともと油の原料として育てられていました。
油を多く含む種を充実させるため、栽培の途中で芯や若芽を摘み取る作業が行われます。

農家の人々は、その摘み取った若菜を捨てることなく、「摘み菜」として食卓に取り入れてきました。
これが、現在の「なばな」栽培の始まりとされています。

摘み菜そのものがとても美味しかったこと、そして時代とともに油が海外から輸入されるようになったことなどから、
菜種は次第に、油の原料作物から野菜としての栽培へと姿を変えていきました。


三重の冬を彩る、季節の野菜

現在、三重県内では桑名市や松阪市を中心に、なばなの栽培が盛んに行われています。
旬は 12月から3月頃
寒さの中で育つことで、甘みと旨みを蓄えた冬野菜です。

冬から早春にかけて、少しずつ春の気配を感じさせてくれる存在として、
なばなは、食卓に季節の移ろいを運んでくれます。


素材を味わう、シンプルなひと皿

私のおすすめの食べ方は、さっと油で炒める、シンプルな調理法。

太くしっかりとした見た目からは想像できないほど、
茎はやわらかく、口に含むとシャキッと心地よい歯ざわりが広がります。

余計な味付けをせず、素材そのものの力を味わうことで、なばなの持つ本来の美味しさが際立ちます。


食卓に残る、伊勢の記憶

かつて江戸の夜を照らしていた伊勢の菜種。
その歴史は、形を変えながら、今も私たちの暮らしの中に息づいています。

なばなとして食卓に並ぶ一皿には、先人たちの知恵と、自然とともに生きてきた土地の記憶が込められています。

お店で見かけましたら、ぜひ一度手に取ってみてください。
三重の冬から春へとつながる味わいを、食卓で感じていただけたら嬉しく思います。


松阪支部 松井 順子

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