一年で最も寒さが厳しい頃を「寒」といい、その寒の入りから九日目を 「寒九(かんく)」 と呼びます。
2026年の寒九は、1月14日です。
この日に汲まれる水は、古くから 「寒九の水」 と呼ばれ、一年のうちで最も澄み、清らかな水とされてきました。
寒さが極まるこの時期は、雑菌が少なく、水質が安定すると考えられてきました。
そのため寒九の水は、酒造りや味噌・醤油などの発酵、書道や茶道など、清浄さが求められるものに用いられてきたと伝えられています。
自然の力を見極め、最もよい時を選び取る——
そこには、暦とともに生きてきた日本人の知恵が息づいています。
「美味しい水」は、どうして美味しいのでしょう
井戸水や山の湧き水を口にしたとき、水道水とは違う「やわらかさ」や「まろやかさ」を感じたことはありませんか。
水道水がまずく感じられる原因の多くは、カルキ臭やカビ臭といったにおいにあります。
汚れた水を原水としている場合、殺菌のために塩素を多く使うことになり、それが味や香りに影響します。
ただし、水道水でも10〜15℃ほどに冷やすと、カルキ臭が感じにくくなり、飲みやすくなることが知られています。
このことからも、水の温度は、水の美味しさを左右する大切な条件であることがわかります。
水の味を決める三つの要素
水の味を左右する要素として、次の三つが挙げられます。
① ミネラル
カルシウム、マグネシウム、ナトリウム、カリウムなど、水に溶けている鉱物質の総量をミネラルといいます。
1リットルあたり30〜200mg、なかでも 100mg前後 含まれる水は、まろやかで飲みやすいとされています。
② 硬度
硬度とは、カルシウムとマグネシウムの合計量のこと。
1リットルあたり10〜100mg、特に 50mg前後 が、多くの人に好まれるといわれています。
※マグネシウムが多い水は、苦味を感じやすくなります。
③ 二酸化炭素
水中に十分な二酸化炭素が溶けていると、水に新鮮でさわやかな味わいを与えます。
これらをまとめると、おいしい水の条件は「水温・ミネラル量・二酸化炭素」と言うことができます。
寒九の水は、自然の働きによって、これらの条件が整えられた水だったのです。
名水百選に見る、日本の水文化
1985年(昭和60年)、環境庁は 「名水百選」 を発表しました。
この選定は、地球科学や民俗学、地理学、自然保護、河川学、水生生物学など、
多分野の学識経験者によって行われたものです。
その内訳を見ると、
- 湧き水:77
- 谷川の水:17
- 地下水:5
- 用水:1
と、日本の名水の多くが自然に湧き出る水であることがわかります。
神奈川県の名水 ― 秦野盆地湧水群
神奈川県秦野市にある 秦野盆地湧水群 は、
名水百選にも選ばれている、県を代表する名水です。
秦野盆地は県下唯一の盆地で、
縄文時代から湧水や河川水を生活用水として利用してきた痕跡が残っています。
湧水群のひとつである「弘法の清水」は、
弘法大師が杖を突いたところから水が湧き出た、という伝承を持つ清水です。
現在も秦野市では、21か所で日量約8,000トンの湧水が利用され、
条例や要綱によって大切に守られています。
水は今もなお、「生きた文化」として私たちの暮らしを支えています。
暦とともに、水を味わう
寒九の水の話は、特別な人のためのものではありません。
水に季節があること、自然の移ろいが食や暮らしに影響していることに、そっと目を向けるきっかけです。
日本各地には、長い年月をかけて守られてきた名水や湧き水があります。
皆様のお住まいの地域にも、名水百選に選ばれた水や、大切に受け継がれてきた水があるかもしれません。
この機会に、
身近な水のことを少し調べてみたり、その水がどのように暮らしや食と結びついてきたのかに思いを寄せてみてはいかがでしょうか。
澄んだ水に目を向けることは、自然を大切にする心、
そして和食文化を未来へつなぐ第一歩になるのかもしれません。
横浜市在住 平沼 芳彩


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