梅雨が明け、一年中で最も暑さの厳しい大暑の時期に入りました。
夏の暑さや気象表現も時代により変わってきているようです。
最近は、「猛暑」という言葉をよく聞きますが、昔は「酷暑」「炎暑」「極暑」こんな表現も言葉もあったようです。
ひと昔前までは、「熱中症警戒アラート」なんて言葉もありませんでしたよね。
雨の表現も「夕立」「通り雨」を聞かなくなり、「線状降水帯」「局地的大雨」という言葉に変わってきております。
風情のない言葉になってきていますね。
締め切った部屋でクーラーをかけて暮らすことが多くなり、窓辺の風鈴の音色に涼を感じることもなくなり、日本の夏の風物詩がひとつひとつ消えていくような気がしています。
言葉に宿る季節のこころ
「夕立」という言葉には、どれほど豊かな情景が込められていることでしょう。
午後のひととき、もくもくと立ち上がった入道雲から、ぽつりぽつりと降り始める雨。
やがて激しく降りしきり、そして夕方にはすっかり上がって、空気が洗われたように清々しくなる。
そんな一連の風景が、たった二文字に凝縮されているのです。
「酷暑」「炎暑」「極暑」といった表現にも、それぞれ異なる暑さの質感が感じられます。
「酷暑」は厳しく容赦のない暑さ、「炎暑」は燃えるような激しい暑さ、「極暑」は極限まで達した暑さ。
どの言葉も、ただ温度を表すのではなく、その暑さに対する人の感情まで込められているように思われます。
現代の気象用語は確かに正確で科学的ですが、季節を愛でる心、自然と共に生きる感性は、どこか置き去りにされてしまったような気がいたします。
風鈴に託された先人の智恵
風鈴の音色に涼を感じる。
これは単なる思い込みではなく、先人たちが培ってきた感性の賜物です。
江戸時代の人々は、風鈴の音を「風の音」として聞いていました。
目には見えない風の存在を、音によって感じ取る。
そして、その音色によって涼やかさを心に呼び起こす。
これは、自然と調和して生きる日本人の美意識そのものでした。
縁側で夕涼みをしながら、風鈴の音に耳を傾ける。
蚊取り線香の香りが漂い、浴衣の裾が風にそよぐ。
そんな夏の夕べは、確かに現代の生活からは遠ざかってしまいました。
しかし、だからこそ、私たちは意識的にそうした時間を作り出すことができるのではないでしょうか。
大暑の頃の心遣い
この暑い盛りにお客様をお迎えする際は、より一層の配慮が必要です。
玄関には青竹に水を張り、白いタオルを添えて。
お茶席では、透明なガラスの器に冷茶を注ぎ、氷の音が涼やかに響くよう工夫いたします。
お菓子は水羊羹や葛切りなど、見た目にも涼しげなものを選びましょう。
お手紙では「大暑の候」「盛夏の折」といった時候の挨拶に続けて、「連日の猛暑、お疲れ様でございます」「どうぞご自愛くださいませ」など、相手の身体を気遣う言葉を丁寧に添えることが大切です。
また、この時期は「暑中見舞い」の季節でもあります。
遠方の方へ、一枚の葉書に込めた心遣いが、きっと涼風となって届くことでしょう。
風情を残すということ
便利さや効率性を追求することも大切ですが、同時に、美しい言葉や季節の風習を次の世代に伝えていくことも、私たちの大切な役割だと思います。
たとえば、お子様やお孫様と一緒に風鈴を飾り、その音色に耳を傾けながら、昔の人の智恵について話してみる。
夕立の後の涼しさを共に感じ、「通り雨」という美しい言葉を教えてあげる。
そうした小さな積み重ねが、日本の夏の風情を未来に繋いでいくのではないでしょうか。
むすび
大暑の候、厳しい暑さが続きますが、その中にも季節の移ろいや自然の美しさを見つけることができます。
現代の便利さに感謝しながらも、先人たちが大切にしてきた感性や美意識を、私たちの暮らしの中に静かに取り入れていきたいものです。
風鈴の音色、夕立の涼しさ、美しい言葉の響き。
そうした日本の夏の風情を、丁寧に慈しみながら、この暑い季節を乗り切ってまいりましょう。


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